【方向性がわからない人】怒りは進むべき方向がわかるチャンス


山本真弓
9年前、方向性を見失ってた頃の私


ムカッ、イラッとした時、その感情を消そうとする人がいるけど、むちゃくちゃもったいない。



嫌悪感は、自分が進むべき方向に間違いがないか?確認できる感情だから、言い聞かせたりして消しちゃうのは、機会損失です。



それに、「言い聞かせる」というのは、自分を下げるか、相手を見下すかのどちらかになることが多い。



あんな人に言っても無駄とか、どうせ私はバカだからとか、どっちが上とか下とか、白か黒かっていう「ジャッジ癖」は、方向性うんぬんの話だけじゃなくて、望まない結末を繰り返しやすいんです。



そこで、嫌悪感を感じた時は「自分らしさ」がわかるサインということを、今日は話したいと思います。



 


自分らしさがわかると、進むべき方向は、使命があるおかげでブレることがありません。(ブレそうになってもリスクを負う前に危機を防げます)



自分らしさは、葛藤を越え、使命ができる過程(使命の中)で見つかるということは、以前書きました。




で、嫌悪感は「葛藤」の中にあるんですね。



言うか?言わないか?


やるか?やらないか?


続けるか?やめるか?



そういった「二択」が、頭の中でせめぎあってる状態が「葛藤」です。



でも、嫌悪感というのは、言うか?言わないか?じゃなくて、言い返すか?言わないか?が、頭の中で戦ってるんです。



やるか?やらないか?じゃなくて、やり返すか?やらないか?が、自分の中で戦ってるわけ。



言い返すことや、やり返すことは、自分の人生を実現する目的かと言えば、違うでしょ?



自己実現の手段が、言い返すことややり返すことだったら?



もしそれだったら、ずっと戦い続けないといけなくて、やられる恐怖は死ぬまで持ち続けることになります。




徳川家康が辞世の句でこう言ってました。


天下を取っても、安らげる場所はなかった


って。



嫌悪感を含む「怒り」というのは、自分が相手より優れてるものとか、勝ってるところとか、自分の才能やらしさを教えるサインなんですね。



だから相手に怒りをぶつけても、本当の自分はわかりません。



怒りは、自分に向けて、怒りの根っこにいる自分と決着をつけないと、また似たような人に出会って、似たような怒りを感じて相手にぶつけて、を繰り返すだけになります。



一番わかりやすい嫌悪感だと「嫉妬」



「嫉妬」というのは、自分ができないことを、既にやってる人に対して、羨ましがる感情みたいに思われがちだけど、違うんです。



自分ができるのにやっていないことを、相手が先にやってるから感じる感情なんですね。




だから、


怒りは、「できる自分」を教えてくれる、自分にとって最強の相棒

なんです。



ということは、「どうしてやろうとしないのか?」


その理由が、嫉妬をする原因です。



その理由も「できない理由」の中にあります。


つまり、出来ない理由が嫉妬をする原因だということです。



お金が、時間が、子供が、体が・・・と、理由はいろいろあると思うんだけど、見るべきところはそこじゃないんです。



できない理由は、裏を返せば、「やりたいくない」ということです。



「やりたくてもできない」と思うことも同じです。



旅行に行きたくても行けない。


「だって、(お金が、時間が)ないから」と思ってるとします。



能力的なことなら、「やりたくても自信がないからできない」と思ってる場合が多いです。



だいたい、お金、時間、自信、のどれかに行き着くんだけどね。



これも裏を返せば、「そこまでしてやりたくない」というのが本音だということです。



たとえば、モノの場合、それを持つことと、持っている自分を見せることは、目的が違うんです。



ブランディングでいえば、自分を見せないと人に気づいてもらえません。


だから、自分を見せることは、ものすごく大事な動作です。


「私は、こんな人間です」をビジュアルで伝えるわけですからね。



でも、私という人間をわかってもらうために、「私ってすごいでしょ?」を見せるなら、進みたい方向とは違う方へ行ってしまうということです。



自分よりすごい人は、この世の中にいっぱいいるのに、「私ってすごいでしょ?」のために生きるのは、見えない敵と戦い続けることになります。



そのことを忘れてるから、見せる意味を間違ってることに気づけない。



こうして、元を辿れば、怒りというのは、才能やらしさがわかるサインだから、才能やらしさがわかれば、自分のすごさを見せる努力もしなくていいんです。



やってきたことや、やっていることを見せたらいいんです。


コンクールに優勝した作品がこちら、とかです。


相手の心を動かしたいなら、完成を見せるだけじゃなくて、そこに行き着くまでの背景や過程を見せることです。



また、できる自分を見せることと、できるように見せることは、結果が違ってきます。


ここを勘違いしている人が、実はむちゃくちゃ多いんです。



人は、出会った瞬間、5秒以内に95%くらいまで見た目で判断します。


だから、できるように見せてしまうと、自分の進むべき方向がどんどん見えなくなっていきます。



だって、


できないことを隠すために、できるように見せてばかりいると、自分に何ができるのかが見えなくなるからです。


 


私の例えをお話すると、6年くらい前、すごく低姿勢な人がいたんです。



謙虚な人だなって思ってたんだけど、ある日、パーテーションで仕切られた部屋にいた時、その人は違う人に私の悪口を言ってました。


私がいないと思って安心してたのか、仕切りの向こうにいる私に丸聞こえだったんです(笑)



ムカッとした瞬間、悲しかったですよ。


愛されない私は、居場所がないんだって思いました。



でも、それと当時に、どんな人に愛されたいのかがわかったんです。


その答えを出すのも簡単で、「どんな人に愛されたくないのか?」がわかればいいんです。



今まで、私は、人の悪口を他人事で聞いてました。


自分もこんな風に言われるのは嫌だなって。



だからどんな人が嫌いなのか、具体的に説明できなかったんです。


悪口を言われる人の気持ちより、自分がどう思われるか?に意識が向いていれば、どんな人が嫌いかなんてわかるはずもありません。



でも、悪口を言われる当事者になって、「人によって態度が変わる人がムカつく」というのが明確になったんです。



その時、私は、表面上のその瞬間だけ上手くやりすごすことが嫌なんだとわかったんです。



あっちにいったらあっちに合わせ、こっちにいったらこっちに合わせ、というのは、「自分がない人」がやる行動なんだってわかったんです。



それは、悪口を言った人に対して、私がいつも感じていることに一致しました。



相手を嫌いだと思いながら付き合ってる私の「隠している内面」は、私の悪口を言う相手を通して見ることができた、ということです。



現実って、自分の思考が、ビジュアルで再放送されてるだけなんです。



こうして現実は、2度創られます。


1度目は、思考で。

2度目は、行動で。


一致しない時、結果は思考に従います。



 


まとめると、怒りは、消さなかったら葛藤へ変わります。


だから消さないでほしいのです。



葛藤することは、自分の才能やらしさが見つかるすごいチャンスです。



なので今日、最後にあなたに贈りたいのは、


  • 最近イラっとしたことは?

  • 絶対許せないと思う人は誰?



を具体的に書き出すといいです。



それは何で?という答えを出すことは、自分の価値観を見つめ直すチャンスです。



特に、非常に強いパワーがある「怒り」は、人間の本能だから、やっぱり何かしら意味があって、神様が怒るスイッチを付けてくれたわけです。



結局、許せない逆の価値観が、自分の中に確かにあるんですよ。



チャラい人が許せないなら、もっと堅実に、もっと真面目に、もっとピシッとしたいわけでしょ?




それは、


相手のチャラさにムカつく自分を認めると、たまにはチャラくしたいっていう、もうひとりの自分がいることがわかります。


自分の嫌なところを、相手に通して見るのも、現実はセルフイメージ(あなたの常識が作った思考)の再放送だからです。



自分もそういうことをしたいと思ってるのに、やらない(やれない)からムカつくんです。



相手に対する怒りは同時に、自分に対する怒りと同じ性質のものですよ。



良い人でいるために、愚痴や悪口は言っちゃいけないと思ってると、愚痴や悪口を言う人に出会うことが増える、ということです。




やっぱり、素直にイラっとするところは、怒りを噛み締めていいんじゃないかな。



怒りをなかったことにしないで、自分に向けて、自分の怒りの根っこと決着を付けてみてください。



 


今の私は、怒ることは年1回あるかないか。


でも、すぐに自分の中で解決します。



それより、私が相手を怒らせることのほうが数回多いかなと思います。


私が怒らせる人は、だいたいお別れになります。


だから、言う前は、相当の覚悟をして言います。




別れたあと、私はこう思います。


「幸せ」なら、別に私じゃなくてもいいんだよね、って。


結局ね、誰と一緒でも、その人が幸せだったらいいんです。



困ったときだけの付き合いほど虚しいものはないから。



もちろん、お別れは寂しいけど、いつか必ず思い出に変わります。


間違いなく思い出に変わります。