自分らしさが見つかる3ステップ


山本真弓 ヤマモトマユミ 使命がわからない

目次


 


自分らしさの前に、使命をもつこと


「あなたの使命は?」と聞かれて、すぐに答えられる人はどれくらいいるんだろう?


でも、考えても答えはない。


占い師とか霊能者に聞く人がいるけど、それこそ投資じゃなくて浪費。


それと、「私の使命は人の役に立つこと」とか言う人がいたけど、だから自分を相手に合わせて、相手の望みを叶えようとする。


「りんごをください」と言われて、りんごを売るだけの人は、確かにその人の役に立ってる。


それが使命なら、他人が自分らしさになってしまってることに気づけない人は多い。



それがいわゆる「マイノリティ=みんな同じ」である。



本人は、人の役に立つために仕事をするのが当たり前だと思ってる。



正しいことをしているので疑う余地すらない。


自分は正しいことをしていることを否定されて怒るのは普通である。



だから、裸の王様と言われる。


これで何が叶うかって、Win-Loseの関係。



価格競争や競合が多すぎて負けてるのに、口では「win-win」って言う。


だって、こういう人はみんな人の役に立ってるから。


 

使命をもつために、葛藤を越えること



でも、使命は、「このままでは嫌だ」という感情から生まれる。


障害が連続で続くと人は、「なぜ?どうして?自分がまさか?」と思う。


この現実と理想のギャップが変化を求める内的衝動と言われるものだ。


だから、「なんとかしたい!」と思う。



この「なんとか」に足を向かわせる感情が使命感。



使命感には「損得」はない。


当然、Win-Loseという結果にはならない。



だって、損を損だと、失敗を失敗だと思わないから、使命を達成するために損をすることや失敗は当たり前だと思ってるから。



背水の陣とか、断崖絶壁とか、急死に一生とかを経験した人は、だから潰れにくくなるって言われる。



私は、これを言った村上春樹さんの講演に参加した時、自分の人生の優先順位を入れ替えた。



「安全」をリストのトップから外し、「勇気」をそこにおいた。



勇気は、私の大事なものを片っ端から壊していった。


私を守っていた壁はすべて壊れた。


すべて。


冷たい視線、冷笑、あざける目線・・・


どう見ても意見には思えないヤツら。


私の大事なものはこれだった。


私は、人に笑われたくないから自分を殺して合わせた。


笑われない自分を努力した。


みんながいいと言うものを、私もいいと思うって嘘をついた。


耐え難き屈辱感から逃げるためなら、何でも我慢できたよ。


私の時は、この屈辱感こそが、なんとかしたいなんとかだった。


ある瞬間、我慢の糸が切れた。


糸を切る時、どう思ったか?


お前にだけは言われたくない!だった。




私は、この環境からおさらばしようって決断した。



自分が見下す相手に見下されるのは、いい関係にはなれない。



大事なのは、「人の役に立つことを仕事にする」こと。



間違っているのは、


人の役に立つために仕事をすること。


そもそもスタートが間違っていたから私は、ゴールに着くために必要な使命ができなかった。


相手の役に立つ自分が、自分の役に立たないなら使命はできない。



使命は自らつくり、果たしていくものだよ。


 


使命の中にある「自分らしさ」を言葉にすること



あなたにとって、どんなことが社会からなくればいいと思う?


今まで生きてきた中で、どんなことが一番嫌だった?


それがどうだったら、あの時幸せだと思えた?


この、「どうだったら」を果たすことこそが、使命。




私の使命は、「世の中に、ドラマティックな体験を。」



どうしてこれが使命なったか?


自分の人生の優先順位を入れ替えたから。


「安全」をリストのトップから外し、「勇気」をそこにおいた時、当然、ドラマティックな人生が待っていた。



安全になくて、勇気にあるのは、葛藤というドラマだった。


ワンピースのルフィみたいなドラマだった。



今より上質な幸せというのは、リスクをとらなければ、手に入らない。


リスクをまったく取らない人生を選べば安全かもしれないけど、一緒に退化がもれなくついてくる。



それに、災害というリスクは誰も避けられない。



リスクを乗り越える時、人はみんなドラマティックなことを経験する。


地震も津波も、コロナも、みんなそれぞれのドラマに涙したはずだ。



使命というのは、結局、「自分は今なぜそれをしているのか?」の答えになるものだ。



あなたは、遠い昔、困難をどうやって乗り越えてきた?


その行動が、人の役に立つ使命だよ。



その自分は、どんな自分だと思う?


それを言葉にしたものが「自分らしさ」だよ。



私は、「素直さ」だった。



尊敬できる人の厳しい意見を型通りにやり遂げた時、そう感じた。


「でも、だって」という言葉は一切でてこなかったから。


 


使命を達成する遠い目標をもつ



使命は、達成しない限り、「自分らしさ」が他人に伝わらない。


結局、使命は、誰かを助けることでも、助ける理由は人によって違う。


だから、人を助けることより、人を助ける理由が自分の人生を左右する。


最近特に増えてきた「承認欲求」は、「感謝されたい、良い人に見られたい、できる人に思われたい」という理由を作ってしまう。



だから、使命は、理由を明確にしておくことが大前提になる。


なぜ、その使命なのか?



次に、使命を果たすためには、目標が必要になる。


目標とはビジョンのこと。


使命に対するビジョンは、50年先、100年先の自分を描くことがとにかく重要になる。


あなたがいなくなっても、あなたの生き方や思いを受け継ぐ人が道に迷った時、助けになるし、目印になる。



もうこの時点で、ビジョンが誰かの役に立っている。



受け継ぐ人は、子供も、配偶者も、親も、社員も後輩も、一緒。


役割が変わっても、あなた自身は変えようがない。


あなたは、あなただから、使命は1つ。


使命を達成する手段はいくつあってもいい。



私のビジョンは、「ブランディングを、常識に。」


それは、人は安全地帯にいるうちは、葛藤を経験しないために、自分らしさを見失うという意味がある。



自分らしさがわからないと、ブランディングなんてできない。



私が昔経験した、バカにされたくないから相手に合わせたことは、私らしさではなかった。


だから安全地帯を越えた。


だから葛藤があった。


だから乗り越えた。


だから自分らしさがわかった。


この自分らしさ(企業らしさ、組織らしさ)を他人に伝わる行動が、ブランディングである


世の中にいるすべての人の常識が、私が生きてるうちに「ブランディングは当たり前だよね」とはならない。


だからビジョンにした。


私がいなくなっても、HONDAスピリットのように、松下幸之助のように、思いを継承してくれる人たちによって、100年後、ブランディングが当たり前の社会になっているという目標ができた。



人間は二度死ぬ


一度目はその人の肉体、二度目はその人を語る人が死んだ時、名前すら人の記憶から消える。


自分のことで精一杯のうちは、使命なんてつくれないし、当然、自分のことで精一杯の人を応援したいとも思わない。


だからまた、生活のために、お金のために、を繰り返すのだと思う。


 


日航機墜落事故の少女の場合



日本航空の墜落事故で助かった14歳の女性は、看護師になった。


それは、自分を救った医療関係の仕事がしたいわけじゃなかった。


彼女は、事故の当事者として、救えなかった自分のお母さんや兄弟のために、病気や怪我で苦しむ、子を持つ親たちの命を、自分の親だと思い、救うことを使命に、看護師になった。


この状態が、正真正銘の「ウィンウィン」



では、彼女のらしさとは、何だったのか?


彼女のらしさとは、「可愛いらしさ」だった。


「愛されることを許可する」ことを、可愛いという。



亡くなったお母さんに、ずっと死ぬまで愛されたかった彼女は、患者さんたちに「可愛い」というイメージを持たれていたという証言がある。



患者のお母さんたちを自分のお母さんのように接してきた彼女は、婦長にまで登りつめた。



彼女は、ブランディングがどういうものかを知ってやっていたわけじゃなくて、自然の振る舞いが「自分らしさ」だっただけの話で、良い習慣が彼女を幸福にしたと言える。



だから、人の役に立つために仕事をするのは、他人のための使命になってしまうのだ。(ここを勘違いしてる人が多い)




イメージしてみてほしい。



人の役に立つために仕事をする。


人の役に立つことを仕事にする。