山本真弓 自己紹介


山本真弓


傲慢と挫折



バブル期に青春だった私は、バブル崩壊後も生活レベルを下げれなかったことが、独立する理由を間違わせていきました。



キャリアウーマン、経営者という言葉の響きが「かっこいい」から、会社員をやめてしまったのです。



私は、大学を出て総合職で資生堂に入社、経営戦略室の幹部を目指しました。



美容部員から外商を経て、広報に配属になった私は、日清カップヌードルのCMを作った中島信也監督に出会います。



監督に強い影響を受けた私は、ライターになるために独立しました。



かっこよく見せるための手段がライターなので、当然、売れるわけがありません。



そのことに気づけなかった私は、バイト、パート、派遣を10年以上繰り返しています。



自宅近くにできたホームセンターでは、オープニングスタッフの「チーフ候補」でパート採用されました。



1年後、一般レジからチーフになり、サービスカウンターでお客様の困りごとを解決する仕事に就きました。



あれといえばコレ、これといえばアレ、こんなときはソレと、機転の早さが出世した要因です。



サービスカウンターで1番楽しかったことは、店内アナウンスでした。



最初こそスクリプト通り案内していたのですが、自分でアレンジしたくなったことが結果としてお客さんを惹きつけ、近くに住む人たちの評判になりました。



店内放送によくある一般的なスクリプトは、どのフロアでどんな催しがあるとか、迷子の案内とか、店側が伝えたいことがほとんどです。



私がそこにアレンジを加えたのは、スクリプトの型を崩さず、ストーリーを伝えることでした。



ストーリーの必要性は、資生堂時代、中島監督を見て学びましたが、広告市場で売れない私のスキルは、小売市場で活きました。




当時、「ひまわりフェア」のスクリプトに私が加えたストーリーは、単なる自分の体験にすぎませんし、話を作らなくてもいいメリットがあります。


その自分のエピソードの後で、既定のスクリプトを伝えました。



山本真弓-ひまわり


人は自分が知りたいことを知った後でしか、相手が知ってほしいことを知りたいとは思わない、ということを学びました。



でも、いいこともあれば悪いこともあります。



サービスカウンターで1番つらかったことは、店の人間関係でした。



能力があることと、人に慕われることは別物なのです。


私は四面楚歌状態になり、2年でやめてしまいました。



自分にしかできないことは「属人化」になっているのです。


自分がいないければ成立しない仕事は、誰も成長しないのです。



属人化は、組織の役に立たないだけでなく、一人勝ちという現象が人を遠ざけていきました。



通販の化粧品会社では、正社員の道が用意された派遣社員として、テレアポを経験しました。



しかし、断られる挫折感は、ホームセンターで経験した四面楚歌を思い出させ、惨めさを隠すために「かっこよく見せる」ことを加速させるだけでした。



小売市場で活きたストーリー性というスキルは、テレアポのような「危機感を与える勧誘」には活用できないと学びました。



当たり前ですが、危険だと思われる状態では、話しすら聞きたいと思わないのです。



テレアポをやめた私は、自分はいったい何がしたいのかがわからなくなり、方向性を見失って思考停止に陥り、引きこもりになりました。



昼夜逆転の生活で自堕落な自分を作り上げてしまったのです。



 

どん底と再起



でも、悪いことがあればいいこともありました。



夜通し放送している通販番組で私は、自分ならこんなシナリオを書くと思うようになり、番組を見ながら自己満のシナリオを書いていました。



間で放送されていたのは、アメリカドラマ「SEX AND CITY」でした。


主人公がライターだったことで私は、そのドラマが楽しみになりました。



あの日、大手企業をやめて独立したいと思わせた不純な動機が、ホームセンターで経験した「人が喜ぶコトを書きたい」という純粋な動機に変わったのは、ドラマの文脈の重要さに気づいていったからです。



ドラマの中で、パソコンの必要性を強く感じた私は、仕事をする目的を「ITスキル」に決め、研修制度のあるNTTを応募しました。



パソコンを習いに行くお金もなかった私にとって、時給650円の安さより、650円ももらいならが、タダでITスキルが身につくことに価値がありました。



当時の時給相場は800円だったので、未経験がいかに安いかを自覚(絶望)し、バイトを複数掛け持ちしました。



自堕落な生活をしていたので、2~3時間という睡眠時間は、相当キツかったときもありますが、それでも私を推し進めていたのは、サービスカウンターでお客さんが喜ぶコトを書いていた自分自身だったのです。



パソコンがなかった私に、当時のチーフが段ボールでキーボードを作ってくれた体験は今、私の生徒さんの子供に同じことをしています。



手作りPC-山本真弓


何かを持っているときはみんなチヤホヤしてくれる。


でも、本当の友達っていうのは、不便の中(不便益)にいる。


困ったときに助けてくれる人が誰かわかるんだ。



と伝えています。



人はモノがほしいのではなく、そのモノで体験したい感情があるのです。



ないからできないというのは、やらない理由にしてしまうので成長と止めてしまいます。



本当に絵を描きたい人は、キャンパスや色鉛筆がなくても、広告の裏や鉛筆でも描いているからです。



 

ポータブルスキルとブランディング




こうして引きこもりだった私は、SNSをとおして「相手のほしい結果」を書き続け、2013年、アメリカ企業のオファを機に渡米を果たしました。



でも、それは、私が求める本当の幸せではありませんでした。



スキルが高いことと、人に慕われる(可愛がられる)ことは、まったく別物だというのを目の当たりにしました。



ある市場で高いスキルも、世界から見れば趣味程度にしか見られないのです。



高校で成績トップの子が東大に入れても、全国から集まる自分より優れた競合には敵わないのです。